近代デザイン運動
二十世紀初頭に、量産と芸術の関係をどう定めるかをめぐって作られた組織と理論が並ぶ。工房で作るか規格に合わせるかで割れていた。
辞書情報
- AEGの企業アイデンティティ 1907-1914 / スタイル
製品も工場も印刷物もひとりの建築家に任せ、会社の見た目を同じ手つきで揃えた仕事。ベーレンスが1907年からAEGのために描いた文字と器物と建物が、企業デザインという職能の原型になった。
- ウィーン工房 1903–1932 / スタイル
ホフマンとモーザーが設立した工房が、建築から家具・食器・服飾までを一貫した幾何学と手仕事の質で設計。生活全体を一つの作品として扱う「総合芸術」を商業工房で実践した。
- ピュリスム 1918–1925 / スタイル
キュビスムの装飾化を批判し、機械時代にふさわしい明晰な形へ戻せと説いた運動。瓶・グラス・ギターといった規格化された「オブジェ・タイプ」を、水平垂直の秩序と抑えた色で描く。雑誌『レスプリ・ヌーヴォー』を通じて近代建築とグラフィックの規範になった。
- マシン・アート 1934 / スタイル
1934年にニューヨーク近代美術館が開いた展覧会の名。ばね・鍋・計器といった量産の実用品を台座に載せ、彫刻と同じ扱いで見せた。会場は19世紀の褐色砂岩館の繰形を覆い隠して作られており、無装飾の品を無装飾のまま見せることが展示の条件だった。